佐吉

たまには文学的な事を書いてみようかと思っているなべです。

歴史上、石田三成という人物がいる。

幼名を佐吉という。
彼は長浜時代の羽柴秀吉に見出され、小姓として秀吉に仕える事となる。
彼には逸話が多い。
秀吉に見出された時の『3杯の茶』という話も、昔は教科書に乗るくらいの話だったそうだ。

私の愛読書に、司馬遼太郎氏の『関が原』がある。
この作品には、三成に対する司馬氏の思いが、随所に書かれている。
それを読むといつも感じるのは。。。
三成って私にそっくりwww
いや、欠点がね。
いくつか例をあげると・・・。
『三成はよく切れるかみそりだ。しかし、かみそりはどんなに切れてもひげをそる道具でしかない』という評価をされています。
鉈や斧ならどんな大きな仕事も出来る、と。
また『頭だけがいつも熱く、腹が座ってない』とも。

私も同じ所をもっている。
じっくりと『思案』する事が苦手だ。
閃きが結論で、発想の出発点になる。
閃きが理に適っているかをじっくり検証する事はあるが、それは思案ではない。
裏づけを取っているに過ぎない。
それでも思い付きから発言・行動までの時間が伸びた事で落ち着きがあるようには見えてきたかもしれない。
そもそもこういう内容を書いている事自体、頭だけが動いているようにも思える。

・・・ここまで考えて、ふと疑問がよぎった。
思案ってなんでつか?
結論を導き出す事なんでしょうか。
それとも、結論を証明する事なんでしょうか。
どちらもそうなのかな。
もし、どちらも思案であるならば、私も思案しているのかも。
他人の思想を覗き見る事は出来ません。
だから、他人がどんなロジックで物事を考えているのか、知る術はありません。
例え、どんなに口頭で説明されても、それがロジックと合うのかどうかは、本人しか分からない事です。

え~っと、何の話でしたっけ?www

そうそう、佐吉ですね。
まぁ何はともあれ、純粋ないい奴だと思いますよ。

「佐吉」への2件のフィードバック

  1. 思案かあ。
    考えるより早くカラダが動いてしまうわたしも同じ部類でしょうか?

    三成って考えすぎて深く時勢をよめない人だというイメージを勝手にもっていたのだけど、かなり違いそうですね(;´∀`)
    関が原、読んでみよっかなあ。

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